ホプキンソン・スミス・インタビュー
●音楽的経歴――
――音楽はどのように始めましたか?
ホプキンソン・スミス(以下H):子供 の頃は、ピアノのレッスンを受けてい ました。歌うことが大好きで、学校や 教会でもよく歌いました。私の父は建 築家でしたが、音楽が大好きで、家に は沢山のレコードがあり、良質な音楽 に囲まれて育ちました。そして中学校 に上がると、吹奏楽部に入りました。 トランペットやホルン、サクソフォン 等、足りないパートの楽器を任されま した(笑)。
――最初はリュートではなくギターを 弾いていたと聞きましたが?
H:ギターは、2 歳上の兄が弾いてい ました。コードを弾くくらいでしたが、 彼の影響で私も次第にギターに興味を 持つようになりました。最初に弾いた のは、スチール弦のアコースティック ギターです。ポピュラーソングやフォー クソングを弾いていました。後にエレ キギターも弾くようになりましたが、 次第にクラシックギターへと興味が 移っていきました。18 歳になると、ギ ターのレッスンを受けるようになり、 19 歳の頃は、ギターに本当に夢中にな りました。その後、リュートと出会い、 自分の楽器はこれだと確信しました。
――そうすると、プロを意識したのは 18 歳の時ですか?
H:いいえ。まだ当時はそう思うには 至りませんでした。しかし、青年期特 有の葛藤、自問自答を繰り返す中で、 次第に「これがやりたいこと」だとわ かったのです。 ――リュートで扱う古楽というと、一 次ソースはヨーロッパにあるというこ とになります。あなたはアメリカ出身 ですよね。古楽とアメリカの接点は何 なのでしょうか? H:西洋音楽は、ヨーロッパ音楽を中 心に指すわけですが、それは地理上の ことです。世間では誤解されているか もしれませんが、アメリカには西洋音 楽の普及を目的とした組織があり、す でに何世代にもわたって運営されてい ます。そういった組織が各地で音楽学 校を運営したりオーケストラを組織し たりしています。私の家族はニューヨー クに住んでいました。祖母はクラシッ ク音楽サークルでヴァイオリンを弾い ていました。サークルのある施設には、 ハンガリー人、ポーランド人、オース トリア人、ドイツ人の講師がいて、西 洋音楽の深い精神性を教えてくれまし た。
――日本も地理的にはヨーロッパから 遠く離れています。同じ立場として勉 強になります。
H:私は幼少期に、スパルタ的な音楽 教育を受けた訳ではありませんが、周 りにそうした良い音楽環境がありまし た。学生時代は本当によく歌いました よ。私はボーイ・ソプラノで、モー ツァルトの《レクイエム》も歌いまし た。イギリス・ルネッサンス時代のア ンセムに 19 世紀や 20 世紀の名曲の数々 ......。私が通った学校には本当に沢山 のクラブ活動がありました。このよう に、教育機関のクラブ活動が充実する ことは、子供の才能を育む上でとても 重要だと思います。
――非常に音楽的に充実した学生生活 だったんですね。
H:本当に恵まれていました。そして 16 歳まではピアノのレッスンを続けま した。
――では、楽譜を読んだり楽典の知識 はすでにその時にはあったのですね。
H:はい。音楽を本格的に勉強したの は大学に入ってからですが、ピアノを 使い、転調やあらゆる調でのコード進 行を練習しました。調性の感覚が身に つくと、楽器の演奏も容易になり、大 きな自由を得られます。
――「自由」というのは意味の深い言 葉ですね。
H:人生をかけて勉強するものです。 「道」とも言えますね。勉強を続ければ、 新たな理解、視点が得られ、自ずから「自 由」の境地に近づいていくものです。
●最も大事なのは「歌う」こと――
――日本には沢山のアマチュアギタリ ストがいますが、そうした一般の人で も自らの音楽性を向上させることは可 能でしょうか?
H:日本にはスペインよりも、もっと 沢山のギター愛好家がいるのではない ですか?(笑) 最も大切なのは歌うこ とです。ギターで弾くフレーズは何で も声に出して歌ってみることです。そ れはソルの練習曲でも良いですし、バッ ハのブーレでも結構です。思いつく全 ての表現を声に出して練習してみてく ださい。
例えばバッハの〈ブーレ〉(BWV1002) ......【ここでマエストロは歌い始めた】 ......パン・パーラン・パンパン・ゥワ ンダラランタン・ティーラーランパン ......
H:一つの曲に半年も取り組んでいれ ば、その体感覚をもとに声で音楽を表 現することも容易でしょう。ギターを 弾くことも、声を出して歌うことも、 「体」を使って音楽を表現していること に違いはないのですから。しかし、我々 の挑戦は、頭のなかにある音楽のアブ ストラクト(モヤモヤ)を具現化し、 楽器の表現に結びつけていくことです。 これは、一生涯続けていかなければい けません。
――新しい曲に取り組む時には、どの 様に練習を始めるのですか?
H:まずは曲を弾いて練習します。そ して、私達の「指」は、「脳」よりも賢 い時があります。それは「音色」の選 択だったり「レガート」の方法だった りします。練習をしない時間は、頭の 中で楽曲の解釈やアイディアを進化さ せていき、その音楽の新しい一面を発 見します。曲が複雑な場合は、この「見 る」「弾く」「考える」という行為をずっ と繰り返さなければいけません。どの 声部を前に出すのか、自分の表現は明 瞭かなど、試行錯誤に多くの時間を割 かなければいけません。いずれにせよ、 実際の練習が一番大切だと思います。
――歌うことを常に実践し、音感があ るから、弾いている時も弾いていない 時も進化があるのですね。
H:私は練習するのと同時に色々なこ とを考えます。例えば、舞曲を練習し ているなら......【今度は〈グリーン・ スリーヴス〉のメロディーを口ずさむ】 ......パン・パンーパ・パーラリャン・ タラン・タタンター...... このように歌って舞曲の「本質」で あるメロディーやリズムのシンプルさ、 軽妙さを考慮します。より複雑な楽式 の曲を弾くならば、たくさんのことを 同時に考えなければいけません。メロ ディーラインに、各声部のアーティキュ レーションと分離、ミクロとマクロの 視点。細部にこだわり過ぎず、構造を 理解して、豊かなインスピレーション を得ることなど......。
――マエストロの言葉の端々に深い意 味を感じます。それは生徒に大きなイ ンスピレーションを与えるでしょうね。
H:私の音楽教師としての目標は、生 徒の自立です。生徒各自が持っている 音楽性を呼び覚まし、彼ら自身で目標 を決めさせ、その後に一緒に何が出来 るのかを話し合います。これは、私が 一方的に情報を与えるよりも時間が掛 る方法ですが、彼らが自身の音楽性と 直接向き合う機会を増やした方が、長 い目で見て、彼らの音楽性を育てるこ とに貢献すると思うのです。
――同じ教える立場の人間として、非 常に興味深い言葉です。
●プジョールとビウエラ、ギタリスト のバッハ作品演奏――
――これは『現代ギター』誌の編集長 からぜひ聞いて欲しいと頼まれたので すが、エミリオ・プジョールと彼のビ ウエラ研究についてお伺い出来ます か?
H:プジョールはまず人として、「聖人」 と呼べる様な人物でした。また、音楽 と芸術家を結び付けるインスピレー ションそのものだったと言っても過言 ではありません。彼が生きた時代は、 世間ではビウエラに対する関心があり ませんでした。彼は、そのビウエラと いう何百年も前に失われた芸術に再び 息吹を吹き込んだのです。現在に繋が るビウエラ音楽の再興を語る上で、プ ジョールはとても大事な礎を築きまし た。彼は敬意と情熱を持ってこの仕事 を行ないました。彼のお陰で、今日我々 はオリジナルのタブラチュアを読む時 に、それを「障害」ではなく、「芸術へ の誘い」と思えるようになったのです。 彼がビウエラ音楽をギター用に編曲し たものを見ると、ナルバエス、バルデ ラバノ、ムダーラ等、当時の作曲家の 特徴や、様々な旋法の違いが見事に意 識・再構成されています。オリジナル を重んじる現代の風潮では、実践的と 呼べないかもしれませんが、間違いな く、ギタリストはもとより、ビウエラ 音楽を勉強する人間にとっても、オリ ジナルのタブラチュアを理解する上で 非常に重要なリソース(資源)である ことは疑いのないことです。
――ギタリストもよくバッハ作品を弾 きますが、あなたのようなリュート奏 者がギタリストのバッハ演奏を聴く時、 どのように思うのでしょうか?
H:私は最新の CD でバッハの《無伴 奏チェロ組曲》をバロックリュートよ り も チ ュ ー ニ ン グ の 低 い ジ ャ ー マ ン・ テオルボで演奏しています。それは、 私の嗜好が複弦のリュート族の楽器に あるからで、最も大事なのは「良い演 奏をすること」です。私はリュートよ りも優れたギターによるバッハ演奏を 何度も聴いていますよ。大事なのは、 どんな楽器であれ、手慣れた楽器を持 つことです。バッハの音楽は普遍的で すから、ピアノであろうがマリンバで あろうが構わないのです。バッハはあ る意味、エコな人だったと言えるでしょ う。多くの曲を他の様々な楽器にアレ ンジ(リサイクル)していますよね(笑)。 彼の頭の中には、リサイクル待ちの多 くの音楽の断片が渦巻いていたことで しょう。現代の音楽家は「オリジナル がこうだから、これしかない」と解釈 を狭める思考に陥りがちです。まずは 声に出して歌い、そして自身の楽器で 新たな表現を求めていくべきです。彼 の音楽は、想定する楽器の世界感より も大きな音楽を要求しているのですか ら。
●今後のプロジェクト――
――それでは最後に、今後のプロジェ クトについて教えて頂けますか?
H:恐らく一年以内に新しいアルバム をリリースできると思います。〈Mad Dog〉というアントニー・ホルボーン の曲がアルバムタイトルになっていま す。これには、ダウランドよりももう 少し前のエリザベスI世時代のリュー ト音楽を収録しています。また、女性 歌手との活動でダウランドの歌曲を録 音する予定もあります。そしてこれは 私のライフワークですが、16 世紀初期 に活躍した謎の多いリュート奏者、フ ランチェスコ・スピナチーノの研究に 取り組んでいます。
――レッスンの間の忙しい時間を頂き 有難うございました。近いうちに来日 が叶うことを願っています。
●ホセ・トマス国際ギターフェスティ バル栄誉賞授賞式でのスピーチ―― 以下に 7 月 22 日に行なわれた、「ホセ・ トマス国際ギターフェスティバル栄誉 賞」授賞式での、ホプキンソン・スミ スのスピーチを紹介します。
◎『仕事と芸術について』
私は生徒にレッスンをする時に、時 には何十分も時間をかけて微細な動作 を何度も繰り返し練習させます。もし そこに、プロの経営コンサルタントが やってきてこう言ったとします。「そん なに仕込みに時間をかけて、何ユーロ 稼ぐのですか ?」 彼等の概念では、我々の仕事は、完 全な時間の無駄遣いということになっ てしまいます。しかしどうでしょう? 我々の仕事には、結果を出すことと 同時に精神的な作用をもたらす一面が あります。我々の仕事とは、精神を高 め、生きることの本質へと近づくこと です。芸術家は、経済学者ではありま せん。我々は芸術家の視点で自分の仕 事を評価するべきだと思います。 皆さん、有難うございました。
by Interviewer: Kazuhiro Yoshizumi (Gendai Guitar, 625)